新潟県上越市大潟区
極力、自然な環境に近づけたハウス内でのいちご栽培

ヒトの魅力

「幸せを届けるため」「笑顔を届けるため」に

新潟県上越市大潟区にあるいちご園『苺の花ことば』。ここでは、6棟のハウスで2種類のいちごが約1万5千株栽培されています。
ひとつは新潟ブランドの『越後姫』。そのほとんどが県内で消費されるため、県外への出荷が非常に少ないと言われている品種です。もうひとつは2011年に品種登録されたばかりで、全国的にも栽培農家は少なく、スーパーなどで目にするのはまだ珍しい『桃薫(とうくん)』。

日々いちご栽培に従事しているのはオーナーの高橋和樹さんと6名のスタッフ。彼らが作るいちごにはインターネットを通して全国から注文が入ります。時に海外から『苺の花ことば』のいちごが食べたいと自分たちでツアーを組んでまで、いちご狩りにくるお客さまたちもいるほど。
その一番の理由は、『苺の花ことば』のいちごが「自然に近い環境のなか、定植後の化学農薬不使用で栽培されているから」なのです。
極力、農薬を使わない減農薬での栽培は技術や知識も必要ですし、手間も時間もお金もかかります。
とくに表皮が薄く繊細で甘い香りがする果物は、病気に弱く害虫に狙われやすいため、なおさら化学農薬を使わずに栽培するのは困難なもの。それでも高橋さんたちが一進一退を繰り返しながら、『苺の花ことば』独自の栽培方法を模索し、進み続けるのには理由があります。

何も知らず、直感で飛び込んだ農業への道

高橋さんが『苺の花ことば』を始めてから今年で約8年になります。始めるきっかけは結婚でした。
いちご農園を始める前は、食にも農業にも縁のない、全くの別業界でサラリーマンをしていたそう。勤務地は出身地の愛知県と、転勤先の東京。結婚後、奥さまの出身地である新潟で暮らすことだけは決めていたものの、仕事はまったくのノープランだったと言います。

「これから何をしようかなあと考えていたときに、ふと、愛知県でのいちご狩りが楽しかったから、あれなら自分にもできるかなと思って。なんとなく、直感です! 農業を勉強したこともありませんでしたし、周りにも農業をしている人はいませんでした。ちなみに文系出身です!」

高橋さんは決めたらすぐ行動するタイプ。そんな、まっさらな状態から新潟県のいちご農家で研修を受け、1年後、研修中に知り合った人のつてをたどって土地を借り、ビニールハウスを建て、作業小屋兼販売所もキットを買って仲間と手作りするなど、すべて一から、時に見よう見まねで、どんどん進んでいきました。やると決めてから2年、後ろを振り返ることも、迷うこともなく、いちご農園を始めてしまったのです。

もちろん、何もかもがトントン拍子で進んだわけでありません。
「最初は振興局や市役所に事業計画書を持っていても、いきなりできるわけないでしょう、という感じで相手にされませんでしたけどね。でも、今は、気にして様子を見に来てくれたりしています」と、少し、しんどかったことも明るく笑い飛ばすのでした。

いちご作りの目的は「子供たちへ幸せを届けること」

人生の第二のステージを勢いと直感でスタートさせた高橋さんですが、いちご農園を始める前に決めたことがひとつありました。それは「仕事の目的は、人に幸せを、笑顔を届けること。お客さんだけでなく、スタッフや自分も幸せになるために働く」ということです。それができないなら、いちごを作る意味はない。誰かを幸せにすることと自分たちが幸せになることはイコールでつながっていると高橋さんは言います。

「人が一番幸せを感じるときって、結局誰かを笑顔にできたときなんですよね。」
だから、いちご作りは目的ではなく、あくまでも幸せや笑顔を届ける手段に過ぎない。そう決めたとき頭に浮かんだのが、いちご農園でいちごを摘み取っては口いっぱいにほおばる子供たちの姿でした。

その時「ああ、農園に来る子たちに、スタッフの子供たちに、そして自分の子供に、おいしいのはもちろん、なるべく化学農薬を使わないいちごを食べてもらいたいなあ」そう、強く思ったのです。 とはいえ正直なところ、この時は「化学農薬をなるべく使わない栽培」が、これほど難しいとは想像していませんでした。 「でも、農業のことも何もかもよく分かっていなかったから始められたんでしょうね」と高橋さんは笑います。

「苺の花ことば」に込められた意味

いちごの花の花言葉には「幸福な家庭」という意味があるのだとか。
そう、高橋さんが自分の農園に名付けた『苺の花ことば』には、 「自分たちのいちごを届ける先に、きっと笑顔と幸せが生まれますように。届けた先の家族が幸せになりますように」 という思いが込められているのです。

いちごの花の花言葉は「幸福な家庭」

いちごのこだわり

『苺の花ことば』がこだわる 4つのこと

量より質にこだわるから「一つ芽栽培」を選んだ

『苺の花ことば』では、いちごの苗を育成するポットを新潟県の指導するマニュアルよりも1㎝大きい直径10㎝のものを使っています。
理由は、ポットのサイズが大きいと培地の量も増え、比例して根量も増えるからです。根量は、栄養を吸収し分配する、いちごを育てるパワーの源ですから、根量が多ければ多いほど、おいしいいちごを作る良い苗だと言えます。

ところで、いちごは1つの苗から複数の芽が出て、そこに何粒もの実がつきます。でも、それではせっかく根から吸収した栄養が分散されてしまうため、味の質は落ちてしまいます。
そこで『苺の花ことば』では、1つの芽に対して脇から出てきた脇芽を取り続けることで、元の1つの芽に栄養を集中させる「一つ芽栽培」を行なっています。

脇芽を取り除いて1つの芽だけを残す「一つ芽栽培」

もちろん、この手法では、いちごの収穫量は減ってしまいますが『苺の花ことば』では、おいしいいちごを届けるために「収穫量より味の質の向上を選ぶ」この栽培方法を採用することにしたのです。

なるべく自然に近い環境で育てる

『苺の花ことば』のハウスに一歩入ると、目の前にはみずみずしいいちごの葉がずらっと並び、あちこちから真っ赤な『越後姫』や、淡いピンクの『桃薫』、可憐な白いいちごの花が顔をのぞかせています。
その間をクロマルハナバチは気ままに飛び交い、受粉し、てんとうむしはのんびりと葉の上を移動。そんな様子を見ていると、人工的なビニールハウスの中というよりも、森や林の中に、ふいに現れたいちご畑にいるような気がするほどです。
「気持ちいいでしょう!農薬の匂いもしないし、いちごの香りがするでしょう。」と、高橋さんが誇らしそうに話しかけてくれます。
「なんで、うちがハウスの中をこんな風に自然の環境に近づけているかというと、害虫を彼らの天敵である虫に食べてもらうためなんです。その環境作りなんですよ。」

気持ちのいいハウスの中

従来のハウス栽培では、自然に存在する虫はすべていちごの外敵と考え、化学農薬を散布して徹底的にハウス内から駆除します。
ただ『苺の花ことば』では、可食部に化学農薬がかかっていないいちごを作るため、「定植後(苗をポットからプランターに植え替えた後)は化学農薬一切不使用」という栽培法を採用しています。
化学農薬の代わりに自然由来の薬剤を使うのですが、それだけでは病害虫からいちごを完璧に守ることはできません。そこでさらに「自然に存在する虫に害虫駆除を手伝ってもらおう」と考えたのです。

例えば自然環境において“いちごを食べてしまうハダニ”を駆逐してくれる、“チリカブリダニ”や“ミヤコカブリダニ”がそれに該当します。害虫のハダニは、ハウス栽培では内部に持ち込まないことが大前提になります。

クロマルハナバチといちご

「なぜかというと、ハウスの中は温度も暖かく食べる物も豊富、雨風にさらされることもなくハダニにとっての外敵も少ないから。そう、ハダニにとってハウス内は楽園なんですよ。だから、本来雨風などで簡単に死んでしまう弱いはずのハダニが、ひとたびハウスの中に入ると、ものすごい勢いで繁殖し、いちごを覆いつくしてしまうんですね。」と高橋さん。
つまり、人工的な環境により、弱いはずの存在の害虫が、積極的に駆除せざるを得ない憎き害虫になってしまうのです。
けれども、自然な環境に近づけている『苺の花ことば』のハウス内では、冒頭に登場したチリカブリダニやてんとう虫などが害虫たちの天敵となり食べて駆除してくれる、というわけなのです。

とはいえ言うは易しで、この栽培方法を確立するまでは試行錯誤の連続でした。失敗も多く、いちごを全て廃棄せざるをえなかったことも、シーズン中に泣く泣くハウスを閉めたこともあり、困難も多かったと言います。

ハウス内の環境づくりについて説明する高橋さん

「ハウス内を自然な環境にすることで、思いがけずいいこともあったんですよ!」と高橋さん。
まずは、いちご狩りに来た子供たちが、入った瞬間に「ワァーっ」と喜んだり、胸いっぱいに空気を吸ったり、すごく気持ちよさそうに過ごしてくれること。 もうひとつは、スタッフも気分良く働けること。化学農薬を密閉空間のハウス内で吸うこともないので、健康も守ってくれる職場になると言います。
「ハウスの中を自然な環境に近づけるということは、いちごや虫たちだけではなくて、結局、人にとっても幸せな環境作りにつながるんですよね。」

そんなことを言いながら「ほら、見てください!ハチも機嫌がいいと、こんな風にハイタッチしてくれるんですよ!」とクロマルハナバチと仲良く遊ぶ様子を見せてくれました。写真におさめることができたので、ぜひご覧ください。

ハチとハイタッチ

データの見える化で環境管理の精度を高める

「ハウス内の環境を自然の状態に近づける」こと。それは、手をかけないということではありません。ハウス内の環境は、栽培するいちごのおいしさを最大限に引き出すべく、温度、湿度、二酸化炭素の濃度、日射量や灌水量などが緻密にコントロールされています。
高橋さんは常に、ハウス内の環境データがグラフ化、数値化されたものをスマホでチェックしています。日射量やハウス内環境は刻一刻と変化しますのでハウスに足を運び、いちごに最適な環境になるようコントロールします。

この毎日の細かいデータを科学的に分析し、トライ&エラーを積み重ねることで「ここぞというタイミングに必要となる、データだけでは弾き出せない調整の勘」というものが研ぎ澄まされていくのだと高橋さんは言います。
そしてこのデータ管理と調整の結果、前季からの環境管理を思い切って変えたところ、今季のいちごは今までで一番良いできばえとなり、粒も大きく糖度も高い仕上がりになったそうです。

現在の温度や湿度、二酸化炭素の濃度が一目でわかるように数値化。リアルタイムに状態を把握することで、ハウス内の管理に役立てます。
一日のハウス内の温度や湿度、二酸化炭素濃度の変化をグラフ化。全体のバランスをみながらハウス内の環境を調整します。

農園直送だから完熟いちごを届けられる

注文を受けてから『苺の花ことば』から直接発送するので、一番おいしいベストなタイミングで収穫した完熟いちごを、その日のうちに発送できます。
また表皮が繊細でやわらかいいちごに傷をつけないよう、弾力性のあるクッションのきいた特別な梱包材を敷いているのもポイントです。

届いたいちごの保存方法ですが、気温が涼しい1〜3月ごろは冷蔵庫に入れず常温で保存してくださいとのこと。暖かくなる4〜7月ごろは冷蔵庫で保存を。ただし、冷たすぎるといちごの味を味わいにくくなるので、食べる30分前に室温に戻してから食べるのがおすすめだそうです。

いちごの魅力

2種のいちごとオリジナルスイーツ

『越後姫』の魅力

『苺の花ことば』では2種類のいちごを栽培しています。ひとつは、1996 年に品種登録された新潟ブランドの『越後姫』。酸味が弱く、甘みが強いので、酸味が苦手な子供たちには特に好まれます。表皮は薄く繊細で、果汁も豊富、香りの強いいちごです。高橋さん曰く「時間をかけてじわじわ光合成をさせることで糖度が高まるので、日照時間が短く、日射量の少ない新潟でゆっくり育てるのに適している」とのこと。去年の収穫時期は11月から7月19日まででしたが、一番甘みが強いタイミングは新潟で桜が咲く頃。つまり4月中旬くらいとのこと。
夏になると日照時間が長くなり日射量が増えるため成長が早まり、やや酸味が強くなります。「その時期の越後姫が好き」というお客さんも多いとか。
そう『越後姫』は、時期によって、少しずつ酸味と甘みのバランスを変えていくのも魅力なので、ぜひ、全ての月の変わりゆくおいしさも楽しみたいところです。

越後姫

『桃薫』の魅力

『苺の花ことば』で栽培する、もうひとつのいちごは2011年に品種登録されたばかりの比較的新しい『桃薫』です。
全国的にも栽培農家の少ない希少性の高いもので、表皮の淡いピンクが愛らしいのも魅力。何よりの特徴は香り。ひと口食べた後に桃のような香りが広がり、少し時間が経った頃、今度は鼻の奥にココナッツのような香りがふわっと抜けていくのです。
「こればかりは食べていただかないとお伝えできない独特の味なので、一度ぜひとも食べて欲しいですね」と高橋さん。
実は、『苺の花ことば』でも栽培数は少なめで売り切れてしまうことも多いそう。出会ったタイミングが食べるタイミングかもしれません。

桃薫(とうくん)

オリジナルいちごスイーツの魅力

高橋さんはいちごを使った商品の開発にも意欲的です。中でも人気があるのは、シャーベットとミルクたっぷりのアイスクリーム。地元のジェラートショップと組んで、何度も試作を重ねました。
こだわったのは「いちご風味」ではなくて、いちごの味と香りがダイレクトにガツンと感じられること。その結果、『苺シャーベット』は『越後姫』の含有量80%、地元の三和牛乳のミルクを使ったアイスクリーム『苺ミルク』は『越後姫』の含有量60%とかなり濃厚な仕上がりに。三和牛乳のミルクは新潟県内で人気があり、レストランやお菓子屋さんでもよく使われています。

三和牛乳にいる牛は数頭なので、ここの牛乳が使えるうちにぜひ今のアイスクリームを食べて欲しいそう。
また、シャーベットにもアイスクリームにも地元新潟県産の大変希少性の高いアカシアのはちみつを使っています。

さらに『苺ソース』と『苺ソー酢』と言う名前のアイスクリームもあります。『苺ソース』は、ミルクアイスと『越後姫』で作ったいちごのソースそれぞれの味が際立つように、“混ぜ合わせるのではなく”、“からめるイメージ”で作った一品です。
『苺ソー酢』は『苺の花ことば』で作っているいちご酢とミルクアイスをブレンドしました。

どれも、いちご単体で食べるのとはまた別のおいしさがある、『苺の花ことば』自慢の商品なので、ぜひ召し上がってみてください。

いちごの味と香りがダイレクトに味わえる『苺の花ことば』のアイスクリーム

冷凍いちごで作る簡単ドリンクレシピの紹介

アイスのほかにおすすめしたいのが『冷凍いちご』です。
これは『越後姫』を冷凍したシンプルな商品ですが、無添加、無加糖、無香料、漂白剤、酸化防止剤不使用と、新鮮ないちごの味をしっかり感じられるよう「余計なものを加えないこと」にこだわった商品です。

おすすめの楽しみ方はスムージー(作り方下記参照)。
他にも冷凍いちごを氷がわりに使ったり、炭酸水や水、アイスティーに半日以上つけておけば見た目もキュートなフレーバーウォーターやフレーバーティーとしても楽しめます。

『いちごのスムージー』のレシピ

材料(好みの分量)
冷凍いちご越後姫
好みの分量
好みの分量
白砂糖
好みの分量
作り方

すべての材料をミキサーに入れ攪拌する。
味を見ながら好みの甘さに調整する。
アレンジとして、水を牛乳や豆乳に変えてもお楽しみいただけます。

いちご農園のこれから

一番厳しいお客さまに喜んでもらうためにも、いちご狩りは続ける

いちご農園を始めるきっかけにもなったいちご狩りは、子供たちにも人気です。
「いちご狩りは、今後も続けられますか?」と伺ったところ、「実は、栽培と収穫、出荷に集中するためにどうしようかなと一瞬迷ったりもしたのですが、一番のお客さまである子供たちが楽しみに待っていてくれるので続けます。」と返ってきました。

高橋さんにとって、一番愛すべき、そして厳しいお客さまは子供たちだそう。
「子供は理屈で食べないですからね。いくらこちらがデータ管理の精度をあげたとか、化学農薬はつかっていないよとか言っても関係ないですから。」
でも、そこがいいのだと言います。
常に子供たちが「おいしい!」と迷いなく言ってくれる味のいちごを作ることを大切にしていきたいと思っているので、「その瞬間を目の前で見られるいちご狩りは続けるつもりです。」とのこと。
そんな風に話す高橋さんの表情も、また子供のように無邪気なのが印象的なのでした。

上越大潟いちご園
苺の花ことば

所在地
新潟県上越市大潟区長崎1500
撮影
山下コウ太
画像提供
苺の花ことば
取材・文
斯波朝子

『苺の花ことば』の返礼品一覧

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