新潟県阿賀町
越後ファームが作る こだわりの棚田米

土地の魅力

人知れず育まれた奥阿賀の自然

400年以上も変わらぬ棚田のある風景

新潟県東部に位置する阿賀町。秘境ともいえる温泉が点在し、阿賀町は昔から“奥阿賀”とも呼ばれ、山間の平瀬(びょうぜ)地区にはかつては茅葺屋根が立派な民家がいくつもあり、棚田が広がっていました。江戸時代に山を切り開いて作られた田んぼは、400年以上もの間守られてきました。

町の面積の70%以上を山林が占め、県下No.1の規模を誇る天然の広葉樹林。山奥に入ると川幅がグッと狭くなり、渓流にはヤマメが泳ぎます。山間の盆地で年間を通して気温差は35℃以上、稲が成熟する頃には昼夜の気温差が12℃を超える、寒暖の差が激しい土地でもあります。そこで人々は、先祖代々受け継いだ田んぼで汗水垂らして米作りに励み、雪に覆われる冬は静かに過ごしてきました。

都会のサラリーマンから農家へ

全国的に限界集落が問題になる中、奥阿賀も例外ではありませんでした。高齢者が家を守るには負担が大きく、茅葺屋根の家々はトタン屋根に代わり、耕作放棄地が増えて荒れた田んぼが増えていきました。
しかし、限界集落で農業を始め、奥阿賀産の米でこの地を復活させようと尽力する人が現れました。米の生産、販売を行う越後ファーム・代表取締役の近正(こんしょう)宏光さんです。近正さんは新潟県の最北端で日本海に面した村上市の出身。東京の不動産会社でサラリーマンとして働いたところ、当時の勤め先の事業拡大によって突然、農業をやるよう業務命令が下りました(現在は独立)。
「実家は兼業農家でしたが、物心がついた頃から、お金にならない農業は継ぐまいと思っていました。幼い頃、収穫した稲を家族で天日干しするのは楽しいイベントでしたが、経済的に厳しい現実を知ってしまうとね(苦笑)」(近正さん、以下「」内同じ)。

越後ファーム 代表取締役 近正宏光さん

豊富な水と寒暖差が育む山の米

そんな近正さんが農業を始めた場所が奥阿賀。よく知らないまま来たものの、この地が中山間地だからこそ、大きい気温差と冷たい清流においしい米が育まれると実感します。
国内の農地は“平地農業地域”と“中山間地農業地域”に分けられます。平地農業地域は、私たちがよく目にする広い平野。田んぼ1枚の面積が大きく、敷地もきれいな四角形。機械で効率よく農作業を行える利点があります。
一方で、中山間地農業地域は山間の棚田。山を切り開き、斜面に合わせて階段上に田んぼを作っているので、1枚の面積が小さく、形もいびつ。小回りの利かない機械では作業しづらく、手作業が必要になることもあります。
「奥阿賀は中山間地農業地域。米作りに最適なのは200m前後と言われていて、自分たちが棚田をやっているエリアはぴったりな場所なんです。冬の積雪は昔に比べると少ないようですが、それでも2~3mは積もります。土が雪に覆われると土の中は暖まり、微生物が活性化して栄養豊富な土壌が育まれます。春になって雪が解けると、冷たい水が川に流れます。山の上流であれば生活排水が流れ込まないので、きれいなまま田んぼに水をひくことができるのです。棚田は天然のダムの役割を果たすので、土砂崩れなどの水害を防ぐ役割も担っているんですよ」。

5月のゴールデンウィーク明けから6月までの田植えの時期を経て、夏になると県内の最高気温を記録することもあるほど。
「この暑さで光合成が盛んになり、一気に稲が成長します。一方で、朝晩は涼しいので水が冷やされ、稲の穂が出てモミの中身が詰まる頃には、昼夜の温度差は12℃を超えます。この寒暖差のお陰ででんぷんが増し、旨みが蓄積され、甘みの強い米ができあがります」。

モノの魅力

奥阿賀の米をブランド化する工夫

他の地域、農家の米と差別化する売り方

山間部での棚田はおいしい米作りに最適な環境であっても、作業効率が悪く、農家からは人気がない場所だそう。実際、近正さんのような新規就農者は平野部の田を借りることは難しく、奥阿賀に来たのは仕方ない選択でした。大量生産ができないなら、平野部ではできない質の高い米を育ててブランド化しようと、近正さんたちのチャレンジが始まりました。
奥阿賀に就農してわかったこと。それは、奥阿賀の棚田で苦労して育てた貴重な米であっても、一般的な流通ルートでは、新潟産として他のエリアや育て方で作った米と同等に取引されるという現実でした。
そこで、近正さんは自分たちで作る米をブランド化して、自分たちのルートで販売する方法をとりました。奥阿賀の米作りに最適な環境もさることながら、それに甘んじず、より安全でおいしい米作りにこだわり続けました。

空間にゆとりを持って植える稲

米作りのこだわりのひとつが、田植えをする時の苗と苗の間隔です。
「一般的には15cmほどですが、自分たちは最大30cm空けています。収穫量は当然減りますが、そうすることで太陽の光が稲の根元にまでしっかり届いて光合成が活性化され、横に大きく広がる稲に育ちます。また、間隔が広いと風通しがよくなるので、病気にも強くなるんです」。

除草剤や農薬は極力使わず、肥料にもこだわる

稲を育てていく過程で、雑草や虫対策、肥料にもこだわりを持っています。越後ファームでは田んぼによって農薬や肥料の有無、使う場合はその種類や量など適切な状態を見極め、それが消費者にきちんと伝わるよう、法律で定められている以上の情報を明確に公開しています。有機栽培とひとえに言っても、有機栽培だから一概に安全でおいしいとは言えないと近正さん。わかりやすい情報公開を行い、お客様に選んでもらうことを心がけています。
「有機肥料に限らず与えすぎると栄養過多になって米の味が落ちるので、必要最低限を最も必要な時に与えるなど気を配り、お客様に説明できるようにしています。また、棚田では除草剤を使わないので、特に夏は急成長する雑草と格闘する苦労もあります。斜面も多いので、機械で刈ることが平地より難しく、スタッフは大忙しです。自然のままなので虫も出やすいですが、植物も虫も元気に育つのは自然豊かな証拠です。」

収穫した稲は出荷ギリギリまでモミのまま保管

秋になるといよいよ稲刈りが始まります。棚田では田んぼの形に歪みがあるので、機械で刈るのも技術が必要です。収穫したら、モミを乾燥させ、保存します。ここにも、越後ファームならではなの大きなこだわりが。
「収穫した稲からモミを取り出し、機械で乾燥させます。効率化から強火で一気に8時間ぐらいで乾かすのが平均ですが、急な温度変化が米に負荷をかけ、米粒に亀裂が入る“胴割れ”という状態になり、うまみが逃げる原因に。越後ファームも機械乾燥ですが、1~2日かけてゆっくり乾燥させることにこだわっています」。

越後ファームの米の中でも特に人気の『雪蔵今摺り米』は、モミのまま雪の冷気で保管し、注文を受けてから“モミ摺り”という作業でモミを取り除いて玄米にし、さらに精米しています。モミはすぐ玄米にしてから流通させ、保管は電気で管理する冷蔵庫や常温で保管するのが一般的。ここにも、おいしさの秘密があると近正さんは力説します。
「玄米保管が当たり前だと思っていたので、地元の農家さんが自家用にモミで保管しているのが不思議で尋ねたことがあるんです。そうしたら、“りんごを冷蔵庫で保存する時、皮はむかないでしょ?それと同じだよ”と言われて腑に落ちました。食べる部分が空気に触れてしまうと、酸化が進んで味が落ちていきます。表面もパサつきますよね?米も同じで、モミ殻が米のフレッシュなおいしさをキープしてくれています。農家さん自身は何がおいしいか知っています。でも、大量出荷するために戦後作られた規定がいつの間にかに浸透して、おいしさを二の次にすることに疑問を持つ人が少なくなっていったのでしょう」。

通常、乾燥させたモミは玄米にしてしまいますが、越後ファームでは注文を受けるまでモミのまま保管。注文後に初めて、モミにゆっくり圧力をかけてモミ摺りを行い、玄米になります。そこで米の等級など品質を検査し、1日おいて精米して出荷されていきます。
「モミ保管をする農家が少ないのは手間の問題もありますが、玄米になったところで農作物検査員が1等米などのランク付けをするにあたり、資格を持つ外部の人に頼むと都合の良いタイミングでお願いしにくいという理由もあります。越後ファームには資格を持つ社員がいるので、適宜検査ができるのも強みです」。

倉庫は雪を利用した天然の冷蔵庫

乾燥させたモミはそのまま袋に入れて、注文が入るまで倉庫で保管しますが、倉庫の中は夏でもひんやりと涼しい。その秘密は、冬に積もった雪による雪蔵貯蔵。
「雪だけ保管する部屋があって、工場の敷地に積もった雪を600tほど、ブルドーザーで入れています。部屋には断熱材を入れているので、真夏でも溶けないんですよ。この雪蔵の冷気を、天井のダクトを通して倉庫に運んでいます。電気の冷蔵庫では、米を置く場所によって温度にムラがでますが、雪で冷やすと1年中一定の温度を保てます。米は低温で保管することで、でんぷんを糖に変えて自身を守ろうとするので甘みが増します。さらに米の呼吸を抑えられるので米の劣化を防ぎ、害虫の繁殖も防げるんですよ」。

ヒトの魅力

1人1人の力が農業を、そして町を危機から救う

縁のない土地でよそ者からのスタート

多くの人の手を経て、苗を育てるところから精米まで管理し、通販や百貨店内の直営店で販売するスタイルを確立しています。しかし、ここまで来るまで10年近く紆余曲折があったと近正さんは振り返ります。
「自分も含め、農業に関して素人のメンバーがほとんどだったので、試行錯誤でした。まず地元の人向けに説明会を開いても、よそ者扱いです。東京から来た不動産屋がいきなり農業だなんて、そりゃあ警戒しますよね(苦笑)。そんな中、ある方が奥阿賀の田んぼを3反貸してくれました。
当時は“騙されているに違いない”と忠告する声もあったようです。でもその方は、“このまま何もしなければ、高齢化がもっと進んで田んぼを守る人がいなくなる。どうせ衰退するんだから、騙されているかもしれないけど賭けてみよう”と力を貸してくれました。それが奥阿賀の平瀬という地区で、今は越後ファームのモミの乾燥機を備えた小さな工場が近くにあります。ここからスタートしました」。

手前が最初に借りた田んぼ。奥に見える建物が、モミを乾燥させる機械を備えた工場。

新参者に力を貸した仲間たち

越後ファームで生産相談役を務める清田正則さんは、奥阿賀に代々続く農家に生まれて農機メーカーに勤めていた経験があります。生産責任者の若月豊和さんは、他の地域で農業経験はあったものの、山間部は初めて。メンバーは農業と無縁だった人も多く、それぞれ個性も強く、衝突することも少なくなかったと言います。最初は地元の人になかなか受け入れてもらえなかったものの、真摯に米作りに向き合ううちに、“自分の田んぼも任せたい”と言ってくれる地元住民が増えていったのです。

“おいしい”のひと言で報われる苦労

生産責任者の若月豊和さんは、農家をやっていて一番の喜びは、お客様においしいと直接言ってもらえた時だと顔をほころばせます。
「米作りは自然相手なので思い通りにいかないことが当たり前。奥阿賀の棚田はおいしい米を作れますが、1年放置していれば、雑草に覆いつくされます。400年以上守ってきた田んぼも、1年でなくなってしまうんです。あぜ道や斜面の雑草も、除草剤を使えば田んぼにも影響があるので、基本的には使いません。土は繋がっていますからね。守り続けるのは大変です。米作りが落ち着いた頃になると、自分も東京の直営店に行って、お客様に商品の説明をしたり、試食をお出しすることもあるんですよ。自分のことを何も知らないお客様の反応は正直です。美味しいと言っていただくと、この仕事をやっていて良かったと心から思います。天候や獣に翻弄される農作業ですが、お客様の口に届けるまでが仕事だと思ってこれからも励んでいきたいです」(若月さん)。

生産責任者の若月豊和さん

地元で雇用を生むという新たな夢

今では農作業を担う若手も育ちつつあり、工場には地元の高校から新卒で入社する人もいれば、パートで長年働く地元の主婦もいます。近正さんは、奥阿賀の米のブランド力を上げるだけでなく、町自体を元気にしたいという夢を持っています。
「農業だけで生活できないから、若い人達は他の職業に就いたり、地元から出て行きました。でも、働いてそれに見合うお金をもらえるなら、この町に住んでもいいと思う人は増えると思うんです。そのためにも、これからも付加価値の高い米作りを頑張っていきたいと思っています」と語る近正さんは、父のような温かくも厳しい目で仲間たちを見つめていました。

おいしいお米の炊き方

【米の保管】

密閉できる保存袋に米を移し、冷蔵庫で保管。
適温は野菜室だが、野菜のにおいが米に移りやすいので注意。
キッチンのシンク下は虫がわく原因になるので厳禁!

【炊き方】

  • ① 軽量した米をボウルに入れ、水を注いだらサッとかき混ぜ、すぐ水を捨てる。初回の水は米がたっぷり吸うので、軟水のミネラルウォーターを使うとよりおいしく炊ける。
  • ② ボウルに水道水を注ぎ、軽く混ぜたら水を捨てる。これを2~3回繰り返す。昔に比べて精米技術が進化しているので、ゴシゴシこすらないのがおいしさの秘訣。白濁していてもOK!
  • ③ 米の分量に合う水を注ぎ、夏は30分、冬なら1時間浸してから炊飯する。ここでも軟水のミネラルウォーターを使うとおいしく炊ける。

越後ファーム

所在地
新潟本社
新潟県東蒲原郡阿賀町野村1751-1
直営店
越後ファーム 田んぼネットワークの店
(日本橋三越本店・伊勢丹新宿本店など)
撮影
菅井淳子
画像提供
越後ファーム
取材・文
西谷友里加

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